† 中村宏 『円環列車Ａ（望遠鏡列車）』をこう見た †

東京都現代美術館で印象強かった絵画の感想、中村宏 『円環列車Ａ（望遠列車）』を私は こう見た。

まず、全体的に 無表情の女子学生の一団。物体の表現も どこか奇妙で生々しい肉感を持っている。

この列車は どこかに向かっているのだが、外の景色を見る者も居ない。

ほぼすべての女子学生は一つ目で 俯いて（うつむいて）おり、 手も失っている。

中央のイメージは何だろうか。窓の外の海のうねり、その中に 何か泡なのか柱状の白濁。 実物をよく見ると、この中央のイメージのすぐ下 海面には 白くて長い柱状のものが浮かんでいるのだ。

この球状のイメージは、おそらく中央下左の一つ目女子学生のイメージであろう。 この子の目の真上に このイメージがあるのだ。

全体として、個の意思・意識・行動力を失った集団のように見える。

しかし、この絵は ここからが 本当のなぞ解きになるのだ。

ここの登場人物は ほぼ全て、手を失っている。

しかし、左下を見てみよう。

下半身だけの女子学生が倒れている。（しかも、その服の上に椅子が置かれている）。

これは 「過去の斃れた（たおれた）」のであろう。 それは　この列車が 出発する前に。

そして、この服を踏んでいる女子学生に 何か気づかないか？

手が座席に置かれている。そして、この子は 三つ編みである。

この子は おそらく 「まだ子供さを失っていない」ので、感情や意志が まだ残っている学生なのである。 死骸？を踏んで、何らかの感情や驚きを抱いたのだ。

よ～く、見てみよう。セーラー服のスカーフが、クエスチョンマークになっていることに。 「これは 何？!」という現れなのだ。

すぐ右に座っている子も、この斃れた女子学生を意識している。彼女も三つ編みである。 手は失っているが、まだ視線が 向けられている。

この子は、先の子よりも 人間らしさ純粋さを失っているが、まだそれでも わずかに残っているのだろう。

その周りの子は、髪を下していて、しかも この事態に まったく興味を示していない。 おそらく 先の二人よりも先輩、少なくとも 精神的にオトナのようである。

これは、人間の幼さ・純粋さ・感情・個性が 失われつつある過程を表現しているのである。

すると、先の斃れている子も 違う意味合いがあるかもしれない。 彼女は 目や手、意思や感情や行動どころか、上半身、人間としての肉体や本質さえも消えかかっている 彼女らの大先輩の成れの果てなのだ。

右側を見てみよう。下着が見えている子がいる。

よく見ると、左手は 自分の性器に延びているようである。右手は 右端に座っている子の頭にある。 手が見えている。

右端の子は、まだ背が低く、髪も分けていない子である。すなわち、初々しい新入生であろう。

その子に右手を伸ばし、左手で自慰をしている。この女子は何の表現だろうか。

この初々しい新入生に 興味と郷愁、優しさや母性、そして青臭い性欲とが相混ざっているのだろう。

自分が失ったものを この若い子が まだ持っている。これを取りもどしたい、欲しい、いとおしい、そういう欲望を手が見せているのである。

中央のイメージの意味が なかなか分からない。

中央の彼女は外を向いていないのに、窓の外の海を思っている。

外環では白い棒が若干 沈みがちに浮いている。内環では 白濁の柱があるが、これは普通 海で発生するような現象ではない。

浮いている白い棒は、状況や時代に流される自分を連想しているのだろうか。

そうした白い棒（客観視している自分）が 想像しているのは 中のイメージである。

その中の白濁は、おそらく もっと内面の、おそらく 性欲 そのものだろう。 二重の輪の中、白濁の柱。右上の一見 光沢のようにも見える粒。女性器の表現だと思われる。

それは　右の子の自慰している女性と、関連している。

これは　人間性を失いつつある中、まだ自分を憂う思考・理性と、自分の中にうねる欲求・生命力があることを、表現してるんだろう。 この状況から離れて、男性自身が欲しい、そういう欲望に埋もれたい 、別の生き方がしたい…という感情のイメージではないか。

網棚には 骸骨が積まれたトランク。今までの犠牲者、自分を失った末の犠牲者だろうか。 頭上にあるから、天に召された ということなのでしょう。醜い骸骨になってますが。

この絵は、左の現象的な時間的推移、右側でその時間的なギャップ、中央で個の中の思考と欲望を表現しているのですね。 それを通して、人間の感情や意志を失う過程と葛藤を表現してるんだな・・・と、いうことですね。